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整体を学んで知った喘息の原因とは
2018 / 11 / 20 ( Tue )
remonです。
ちょっとまた間が空いてしまいましたが、続きです。

私は45歳で早期退職し、家族で県外へ移住しました。
いわゆるIターンというもので、移住先にはちょっとした知り合いはいても、私がバイクに乗っていた頃に何度か来たことがあるという程度の地域でしたが、海も山も近くて私には楽園のような地域でした。

長年勤めた会社を辞めて、育児はあるもの日々のすべての段取りを自分でできる快感を味わいつつ暮らしていました。

そんな中で、移住した年のGWにキャンプに行ったとき、それは起こったのです。

夜、寝るころになってなぜか息苦しくなってきたと思ったら、どんどん息が出来なくなってきたのです!

「え?なんでこんなになるの?息が苦しい・・・」

しばらくしたら、治まるかと思いましたが、治まるどころか酷くなってきて
これはヤバイと思ってとうとう旦那を起こしました。

車の荷台に布団を敷いてもらって私はそこに横になり、すっかり眠っている小学生の息子をその横に寝かせて夜中に一路、病院へと走ったのでした。

当直医曰く、久しぶりに広げたテント内のほこりが引き金になったのだろうとのことでした。
酸素吸入と点滴でことなきを得て、明け方にはキャンプ場に一度戻って、後は普通に帰路につきました。
処方された薬もそのときは飲んだと思います。
驚きの出来事でしたが、1週間もすると、のど元過ぎればなんとやら、何事もなかったかのように過ごしました。

しかし、それ以来、毎年1回は何かをきっかけに発作を起こし始めました。
それというのも、その1年後に今の場所に引っ越しをしたので、前に住んでた町へ遊びに行けば友達宅に泊めてもらい、イベントに参加しに行けば、山奥の知り合いの家に泊めてもらったりしたのですが、泊めてもらう家は田舎ゆえの古い家でどうしてもほこりが多かったのです。
結局、またハウスダストが引き金になって発作を起こすのでした。
1度は救急車を呼ぶはめになってしまって、友達にも迷惑をかけてしまいました。
もちろん、その後はさすがに泊まりに行くことはしませんでした。
しかも、1回目より2回目、2回目より3回目の方が、回復が遅くなっていました。

どこかの先生が言っていた「放置すると悪化していく」というのは本当のようでした。

1年を通してみても、梅雨の時期は咳が酷くなったり、風邪を引くと気管支が痰で詰まって苦しくて
ろくに眠れなかったりしました。
田舎へ引っ越してから、衣食住を限りなく自然にしている友達の影響もあってすっかり自然派思考になり、私の病気や医療に対する意識も段々変わっていき、できるだけ薬を使わずに代替療法でなんとかしようという風になっていました。
元気な時は、友達のやってるヨガ教室に通った時期もありました。

二宮整体との出会い

「類は友を呼ぶ」と言う言葉通り、自分が自然派思考にまってくると知り合う人たちもどちらかというとそういう人たちが増えてくるものです。
今の住処に来てからほどなくして、野口晴哉(はるちか)氏の流れを汲む二宮整体というものに出会いました。
二宮整体は神戸が拠点ですが、幸いにも私のいる地域にはこの整体を教えている先生もおられたのです。

始めはその先生に整体を受けていましたが、1年ほどたったころ整体の先生から、あなたも勉強してみたらと誘われて、効果を感じていた私は二宮整体のセミナーに参加するようになりました。
東洋医学的な身体の捉え方や感じ方を学ぶようになって、病気や身体の捉え方も変わってきました。
整体繋がりで知り合った方たちが、いろいろアドバイスしてくださったこともありがたかったです。

その整体では、病気の原因は
  • 冷え
  • 食べ過ぎ(カロリー、栄養)
  • ストレス
  • 偏り疲労(腕の使い過ぎ、頭の使い過ぎなど)
これらのどれかか、またはその組み合わせであると言われています。

その教えに従ってまずは冷やさないこと、食べ過ぎないこと(カロリー的にも栄養的にも)を心がけました。
それでも、梅雨と冬は必ず調子が崩れてくるのでした。
梅雨の湿気は案外辛いものがありました。
湿気による圧迫で呼吸がしずらくなるのです。
冬は冷えが入りやすいので、やはり風邪から悪化します。
そうすると、午前中はなんとか家事ができても午後はしんどくなってしまって動けなかったり
夜は夜で呼吸が苦しくなったりしました。

いつの間にか、常に体調と食べ物を気にしながら日々を暮らしていました。
なんとなく体調がすぐれないと、喘息の症状が出てくるのではないか、発作を起こすのではないかという不安が精神面でもいつでもつきまとっていました。
そのせいか友達にもいつも青い顔をしているとか、元気ない顔をしているとか言われることも多々ありました。
そんなつもりはなくても、きっと暗い顔をしてたんだと思います(--;)
ですが、周囲の人々はみんな優しかったです。

幸いにも整体をしている人から、小麦は避けた方がいいとか、枇杷の葉茶とか蒟蒻湿布などを教えてもらいました。
薬膳茶というものにも出会いました。
  • 小麦のグルテン
 喘息でないとしても、小麦のグルテンは日本人には合わず、いろんな病気の遠因になるので避けた方がいいということでした。
 しかし、市販のパンは買わないものの、パン屋さんでは日常的にパンを買って食べていたので、なかなかそれをやめるということは出来ませんでした。
 もちろん、うどんやパスタなどの麺類もしかり。
 ただ、調子がいい時は食べられても、体調が悪くなってくると自然と欲しなくなっていました。
 また、体調が下降気味のときは、意識的に米を食べるようにもしました。
  • 薬膳茶(桑の葉、枇杷の葉、陳皮、棗など)
 薬膳茶というのは、東洋医学で言うところの漢方の民間バージョンで、乾燥した葉や実などを
 組み合わせてお茶にしたものです。
 体調や症状に合わせて組み合わせを変えます。
 咳や痰には、乾燥した桑の葉や陳皮(乾燥させた蜜柑の皮)、枇杷の葉が有効です。
 ウーロン茶や番茶などとブレンドして飲むこともあります。
  • 蒟蒻湿布
 胃腸の調子が悪い時や風邪にもいいです。
 枇杷の葉を使うことで、薬効がUPします。
 枇杷の葉を使った蒟蒻湿布は以前から知っていたので、痰や咳が酷い時にもそれをすることで少しは楽になりました。
 枇杷の葉は軽く洗って産毛を落とします。ツルツルの表面を皮膚に直接当てて、タオルで巻いた蒟蒻を載せます。
 蒟蒻は小さくなるまで何度も使えますが、食べられません。枇杷の葉は茶色くなったら取り替えます。
 最初は結構熱いのでやけどに注意してください。

二宮整体では相手の気を感応させることによって、自律神経を調整することにより、様々な病気や体調不良を改善するものでした。そして、喘息も自律神経の乱れによるものだと知りました。

原因がわかれば治るに違いないと思い、二宮整体には一縷の望みを持っていたのですが、まだまだでした。
調子がいいと思っていられるのは、もっても2か月という感じでした。
どうしても子供の世話や家事があるし、実家は離れていて頼ることもできないので、一度呼吸器専門の病院へ通院したのですが、ステロイド剤を処方されてとにかく数値が正常になっても吸入は続けなければいけないと言われて、通うのを辞めました。
一時的に薬を使うのは仕方ないけど、1年以上とか、ましてや一生なんてとんでもない!と思いました。
それでも、せめてしんどくなってしまう前にかかりつけ医で抗生剤を処方してもらったり、点滴をしてもらったりして、後は整体でやり過ごすということをしていましたが、一向に良くなっては行きませんでした。

そんな一進一退の日々を過ごしていたとき、またしても大きな落とし穴に嵌ってしまったのでした。







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喘息克服ストーリー~都会から田舎へ引っ越したのに、なぜ喘息を発症したのか~
2018 / 11 / 13 ( Tue )

Remonです。

あっという間に前回の更新から1ヶ月経ってしまいました。


今回は、40代になってから喘息発作を発症してしまった私の喘息克服ストーリーを紹介します(^^)

一般的に、喘息は治らないと長年信じられていますし、実際に治ったという話は私自身もほとんど聞いたことがないです。
喘息は持っているけれども、症状が出ないように努力しているという方はおられると聞いたことがあります。
実は私の父も喘息だったらしいのですが、幸い私自身は父が発作を起こしたり呼吸困難に陥っているところを見たことがなかったので、全く実感がありません。
父は医者だったので、薬を飲んで大事に至らないように健康管理していたのだとは思います。
しかし私は、喘息を発症するまで、ほぼ健康優良児よろしく元気に育ちました。
大病を患うこともなく生きてきた私にとって、一生薬を使うなんていうことはなんとしても阻止したい状況でした(^^ゞ


一生薬に頼らなければならないなんて嫌だーーー!!!

ご存知のように、喘息には次の種類があります。
気管支喘息・・・アトピー性と非アトピー性がある。発作が起こる。よ痰がでる。
咳喘息・・・アレルギー性の気管支炎
発作はなく、空咳のみ。
最近は、咳喘息が長引くと気管支喘息に移行してしまうこともあるとわかってきた。
気管支喘息は私のように40代になってから発症することも珍しくはないようです。
症状としては慢性的な気道の炎症であり、酷くなれば発作に発展するし風邪を引けば当然悪化することになります。
とにかく、気道の炎症を鎮めることと、刺激しないようにすることが発作予防の必須条件と言えます。
薬さえ使えば、症状を抑えたり、発作を失くすことはできますが、では一生薬を使い続けなければいけないのでしょうか?
多くの病院では、一生使い続けなければならない、即ち治らないと言われるようです。
私も言われました。
私が一時期通院した呼吸器専門内科では、呼吸の状態(肺活量など)を毎回測って経過観察し、その数値でもって薬の処方や量を調節して徐々に減らしていくという方法で実績を上げていました。
しかし、私の場合が言われたことは、ステロイドの吸入薬は徐々に減らしていかなければならないので、吸入薬を使わなくてよくなるまでには2,3年かかるということでした。
喘息という病気を甘くみていたというのもあって、

   「ステロイドを使ってなおかつ2年もかかるなんてとんでもない!!」

というのが正直な気持ちでした(苦笑)。
そんなわけで、とにかく民間療法でも代替療法でもいいので、薬に頼らずに早く治したいという、かなりわがままな希望を持って取り組みました。
そして、理屈がどうであろうと「私は絶対治ってみせる!!」と、心に強く誓いました。


本当に治ったと言えるのかどうか

結果的には、紆余曲折あって4年くらいかかってしまいましたが、自分の納得のいく方法で確実に回復することができました。
最終的に、効果があったのは野口晴哉氏の理論を元とする整体です。
私が治ったと断言できる理由は、次の4つです。
 1)1年半以上発作が出てない
 2)1年半以上薬(吸入および抗生剤)を服用していない
 3)季節の移り変わりや湿度過多による呼吸困難がない
 4)風邪をひいても喘息症状が出ない
何よりも、体にみなぎるエネルギーが全く違います。
周囲の人から見ても、顔色が違うだけでなく、雰囲気も変わって別人のようだとさえ言われました。
今の住処に来て7年になりますが、そのころから喘息だったので、こちらで知り合った人は皆、口をそろえて言ってくださいます(^^ゞ
そして、私自身が「もう喘息は必要ない」と自分に宣言しました。
「病は気から」という言葉もある通り、体と心は繋がっています。

私は喘息になり整体を学び始めて、本当にこれを実感するようになりました。
だから、逆もあるのです。
「気持ちが変われば病気も治る」ことがあるのです。

私の経験談をお伝えすることで、「治らないと言われている病気でも、治る可能性がある」という希望を持っていただけたらと思います。
また、喘息については、治ることを示唆できればと思います。
人それぞれ、体質というものがありますので、誰にでも当てはまるとは言えませんが100人に一人でも、1000人に一人でも、喘息で苦しんでおられる方やその身内の方にとって、ヒントになることを願っています。
実は、すでに2013年12月にこんな本が出ていました(爆)_| ̄|○
「ぜんそくは自分で治せる」 祥伝社黄金文庫 久徳重和著

私は整体を学ぶことで自律神経のバランスが要になっていると知りました。
喘息は副交感神経が優位になっている状態なので、副交感神経を刺激すること(カロリー過多または栄養過多)は避けるべきであり、普通の人よりも意識的に交感神経を刺激する必要があるのです。
だから(交感神経を優位にするために)運動をすることが推奨されます。
この本では、風呂上りに冷水を浴びることとジョギングを勧めてられますが、私が小麦を止められなかったように、あるいは運動を習慣にできなかったように、その推奨されていることをやりきれない方もいらっしゃると思います。
そういう方には、それだけが唯一の方法ではないことを、他にも方法があることを知っていただければと思います。


私のプロフィールと病歴


では、ここで私の病歴を含めたプロフィールを紹介いたしますね。

私は眼科医の娘として生まれましたので、幼少期から事あるごとに薬漬けだったと思います。
小学校に上がるまではよく熱を出して寝込んでいましたが、父の友人の先生が往診にきては注射されていた記憶があります。
しかし、体は薬に対して耐性があったのか、日本脳炎の予防接種以外は副作用が起こることもなかったようです。
社会人になってからでしたが、かのタミフルを父親から新薬だと言われて飲んだ時も、別に問題はなかったです。
ただ、いつの頃からか鼻水やくしゃみをよくするようになっていて、どうやらハウスダストアレルギーが出ていました。
おそらく中学生のときに家が建て替えられてからだと思われます。
しかし、なぜか耳鼻科へ行けとは誰も言いませんでしたので、そのままにしていました。

地元の高校を卒業した後は、県外の大学へ行き、大学で学んだことは活かせないまま、専攻とは畑違いの企業に就職しました。
東京での半年の研修期間中に中型二輪の免許を取った私は、配属後、会社のツーリング倶楽部に入って先輩共々ツーリング三昧で、趣味のバイクにのめり込んでいきました。
そんなわけで、社会人になってから30代後半までアクティブな日々を過ごしていましたが、幸いなことに時々ケガするくらいで病気とは無縁でした。
ハウスダストアレルギーも布団を干すときにくしゃみを連発するくらいで、ことさら気にすることはなかったのです。

結婚を機に子宮がん検査をしたところ、子宮筋腫が見つかって、そういう病気を知らなかったので酷くびっくりしましたが、最終的には手術をして事なきを得ました。
ところが41歳で出産した後、免疫力が低下したようで子供が2歳くらいになるまでは1年に何度も熱をだして寝込むような風邪をひいていました。
一度は、このままでは肺炎になると言われて毎日点滴をしながら通勤したこともありました。
そのときのかかりつけ医に、初めて「喘息」と言われました。
無知だった私は、咳が出るのは風邪のときだけだし、発作があるわけでもないからと信じていませんでした。

今思えばすごく不思議なことですが、なぜか自分で調べることもせず放っていました。

43歳ごろだったと思います。
育った環境や、フルタイムで働いていたこと、自分も周囲も大病を患ったことがなかったので、必要な時は薬を飲むのが当たり前という認識でした。
もちろん、子供にも予防接種をきちきちと受けていました。
だから病気になっても、のど元過ぎれば忘れて、それでもなんとかなっていました。

その後、子供を自然の豊かな環境で育てたいという思いで、心機一転家族で田舎へ引っ越しました。
そして、とうとう発作の発症!

私にとっては田舎での悠々自適な生活が始まった中でのまさかの出来事でした。

どうして空気の汚れた都会から空気のきれいな田舎へ引っ越して喘息の発作が出てしまったのでしょう。。。

20 : 29 : 00 | 自然 | コメント(0) | page top↑
タイでの食事。それは体にしみいるような、体が喜ぶ美味しさだった!
2018 / 10 / 25 ( Thu )
タイ料理がこんなに美味しいものだったなんて!!

というくらい、タイ料理に無頓着でありました。
唯一、グリーンカレーだけは知っていて好きでしたが。
辛いだけじゃなくて、甘めの味付けでもスパイスが入っていて砂糖の甘さではないんですよね。
例えていうとケチャップみたいな甘さですが、厳密にはもうちょっと複雑な味です。
鶏肉はどこまでも柔らかく、口に入れるとほろほろと崩れていきます(´ー`)

写真はありませんが、ホテルにチェックインした後、夕方まで空き時間があったので
空港の端の方にあるタイ料理の店が数件入ったイートインコーナーに行って、カレー炒飯みたいなご飯を食べました。
やっと着いたことと友達に会えた安堵感から、そこそこお腹もすいていたので、ペロッと平らげました。
エアアジアの機内では、あまり食欲がなかったので新メニューらしきマッシュルームスープを飲みましたが、案外美味でした。
お腹もほどよく満たされました。

パイナップルライス 
これはパイナップルライス♪
中身をくりぬいたパイナップルの皮の上にカシューナッツやプチトマトやパイナップル、
野菜と炒めたライスが盛りつけてあります。
それなりにボリュームもあって、美味しかったです♪ただし男性には物足りないでしょう。

cafecake.jpg 
2日目の昼ごはんの後、カフェの中は満席だったこともあり、店の外のテーブル席で。
人通りはあるものの、気にならないほどの間隔は保たれていました。
カフェラテに付いてるクッキーは塩味が勝っていました。珈琲クリームとチョコ?のミルフィーユは口に含むと、ふわ~~~~~・・・・っと空へ飛んでいきそうなくらいに軽く、生地とクリームとが融合して、とろけていきました♥
もう、至福の美味しさでした(^^)甘さも控えめなのが一層良かったです。
カフェの窓際の長椅子のクッションがいい塩梅で、友達と並んで座って食べた後は眠くなってくるほどでした。

不思議なことに、この後はもうあまりお腹が空かないのです。
で、夜は先のレストランで1つのお料理とフライドポテトを二人で分けました(^^)
写真は撮り忘れたけど、なんかのサラダだったと思う(忘れた!)

その次の日のお昼は、初のパッタイ。
tappai.jpg 奈
なぜか生ニラが添えてありました。その下に見えているライムを絞っていただきました。
味はケチャップのような甘さがありますが、優しい味で美味しかったです。
このときは少し暑かったので、飲み物はキャラメルマキャートをアイスで。これも美味しい!!
いや、もうね、美味しいとしか言いようがないのですよ(^^;)

さて、ホテルのモーニングバイキングです!
13日モーニング 
私はもうあれもこれもとちょっとずつ取りまくり(^^;)
サラダのお皿の手前はスモークハムとサラミ。右のお皿は手前がグリーンカレー。
焼きそば、ソーセージ、野菜のグリル、蕪餅(芋餅のようなもの)。
フルーツは見ての通り、ドラゴンフルーツ、ザクロ、スターフルーツ、パパイヤ。
ザクロが大きくて美味しかきったです!
薄紫のはブルーベリーヨーグルト(甘味無し)。コップの中身はグァバジュース。
ソーセージが妙に感動的に美味しかったです。焼きそばは麺がもちもちしててこれまた美味!

15日モーニング 
こちらは最終日のモーニング。
器の中の白いのはおかゆ。これだけは期待外れでした。黄色いのはイエローカレー。
グラスの中はアセロラジュースです。
この日もたっぷりいただきました!(^Q^)

左上のお皿の小さいパンはグルテンフリーのパンでした。
パンも2口サイズくらいのものが10種類くらいありましたが、全く食べる気にならずタイ料理をメインにしていました。この日はハチミツを食べたくて敢えてセレクトしてみました。
蜂蜜はさすがに美味しかったです。
だって、ハチの巣からそのまま採ってきたんですから(≧◇≦)
honney.jpg 

というわけで、何もかもが美味しかったです!!
全体に共通して言えることは、味付けが優しいんです。一つの調味料が際立っているのではなくて、素材も含めたすべてが調和しているとでもいいましょうか。。。
すべてが一つにまとまっているので、どこがどうとは言えなくてただただ美味しいのでした(^^ゞ
そして、嬉しいことにお腹いっぱい食べても胃もたれ知らずでさっぱり完食できるのです!
食べ過ぎ注意~(≧◇≦)な感じですが、スパイスと野菜がたっぷりなので消化もいいみたいです。
ほんとに美味しいばかりでなく、驚くほど体への負担が少なかったです。
私の身体にベストマッチと思えました(^^)v

余談ですが、日本を立つ前、泊まったホテルでは、この時とばかりに美味しいイタリアンバイキングをお腹いっぱい食べたのですが、本当にお腹パンパンになるほど食べてしまい、部屋に戻ってしばらくすると胃がチクチクしました。
あれだけ食べたんだから仕方ないと諦めていましたが、夜中にはジクジクする痛みで起きてしまいました(;´д`)トホホ
パスタにラザニア、チーズ、オリーブオイルたっぷり、砂糖たっぷりのデザートもいただいて私の胃は悲鳴を上げてたようです。
それだけにタイでの食事は至福でした。

<補足>タイの食事情
今回の旅行では、イベント会場の飲食店は日本でいうところのピザハウスやテイクアウト、イートイン、レストラン、カフェなどと同じような感じでちゃんと店舗となっていて、客層がタイ人ではなく外国人が来る場所だったこともあり、日本と同じ感覚で飲食できました。
しかし、街中に普通にある店舗や屋台はわかりません。
特に屋台に関しては衛生的に不安要素も多いようですので、注意が必要です。

海外での美味しい食事はマストですね。

23 : 44 : 00 | 自然 | コメント(0) | page top↑
タイに行ってきました♪
2018 / 10 / 23 ( Tue )
エアアジアXJから

5年ほど前のハワイ以来の海外で、先日、タイはバンコクに行ってきました。

アジア圏の国としては、香港についで2回目です。

観光目的ではなかったので、正味、空港とホテル、タクシーから見る街の景色、
後は会場周辺のお店を見ただけでしたが、充分濃い時間でした。

今回は、初めてで勝手もわからないので空港直結のアマリ・ドンムアン・エアポートホテルを利用しました。
到着ロビーを出て左手へ行くと「amari」と書いた入口があるので
そこからエレベータで2階に上がると連絡橋に続いています。
ホテルは白を基調とした清潔感のあるロビー。客室や廊下はウッディーな色と雰囲気です。
エレベーターは部屋のキーカードを使わないと動きません。つまり最新のセキュリティシステム。
部屋の扉は年季の入った大きな木のドアで、ぎーっと音を立てるところもありますが
ドアロックの機械はちゃんとついていて機能しています。

しかし、本当にセキュリティシステムが活かされているかどうかは別問題です。

滞在期間中も毎日クリーニングスタッフが平然と部屋を出入りしています。
一回、朝食後に部屋に戻ったら、ちょうど掃除中のスタッフと鉢合わせしてしまいました。
チェックアウト後にやってるのではなくて、毎日してると言っていました(^^ゞ

部屋はシングルベッドが二つのツインルームでしたが、とにかく天井が高いのでとても広く感じました。
いや、実際のところ広かったです。

タイの街はとにかく古いものと新しいものがごちゃごちゃと混在しているようでした。
マンションの1階部分はほとんどが店だったり、団地のような場所では屋台が軒を連ねています。
屋台はほとんど24時間、どこかが開いてる感じで、無数にあります。
公園が一つ分全部マーケットというところもあります。
そして、マンションには駐車場が備わってないところもあるため、道の半分が駐車場のようになっているところもありました。
駐車スペースというよりは路上駐車に近い様子です。

タイの道路事情は日本人からするとかなり危険度高いです。
車だけでなくバイクの数も同じくらい多くて、しかも広い通り以外は信号はろくにないし、車もバイクも所狭しと走っていて、スレスレのところを平気で走ります。
よくあれで事故が多発してないのが不思議です。
バイクのタクシーは始めてみました。
運転者はゼッケンを付けていて、125cc程度のスクーターに二人乗りして走り回ります。
そのせいか、とにかく車と同じくらいバイクも多いです。
しかもバイクタクシー以外はノーヘル(ヘルメット無し)でもお構いなしです。

広い幹線道路以外は信号がほとんどなく、たとえ横断歩道があっても、車が来ないのを見計らって渡らなければなりません。
日本のように手を挙げても、空タク以外は止ってくれませんので、大変危険です。
先の空港直結のホテルは、空港前の道路を挟んで向かい側ですが、連絡通路をお勧めします。

そんな雑多な街ではありますが、タイ料理はとにかく美味しくて、それだけではなく「自分の身体に合ってる!!」と気づきました。
今回は食事に関しては全くハズレはなく、美味しいものづくめでした♪
そのタイ料理については、次回ご紹介します(^^)




23 : 55 : 39 | 自然 | page top↑
整体の大師匠死去
2018 / 10 / 20 ( Sat )
久しぶりの投稿です。

整体の先生からの連絡で、大師匠が一昨日死去されたことを知りました。

学生の頃から野口晴哉氏に師事し、約50年、整体尽くしの一生を終えられました。

享年71歳。まだまだ頑張っていただきたいと思っていましたが、あまりにも整体に注力するあまり
ご自身の身体への無理が積み重なってしまったのだと思います。

残念です。

ここ2年ほどは体調を崩されることも多く、昨年からはなかなか表には出て来られませんでした。

ずっと「Never give up」の精神でされてこられたので、誰よりも先生自身が一日も早い復帰を望んでおられたと思います。

やっとのことで講演会に出席されたときも、始めはお疲れのご様子でも、会場の様子やお弟子の先生方の話を聞かれるうちに、目に見えて顔色がよくなって目が輝きはじめておられました。

整体をしたくてしたくてしようがないと思うほど、全生をかけて整体をしてこられたのでした。

先生は厳しい医療の道を諦めず、ひたすら人の身体の正しい在り方を追求してこられたのだと思います。

結果的に多くの人を助けることになり、難病の方の希望の光ともなりました。

私自身は、2回しか先生の施術を受けられませんでしたが、喘息が治るきっかけを作ってくださったことは間違いありません。

たった4年ほどの間ですが、先生の講義を拝聴できたことも幸いでした。

これからも、先生の教えを思い出しつつ、精進していきたいと思います。

今までお疲れ様でした。

心からご冥福をお祈り申し上げます。

23 : 25 : 00 | 自然 | page top↑
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