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喘息克服ストーリー~都会から田舎へ引っ越したのに、なぜ喘息を発症したのか~
2018 / 11 / 13 ( Tue )

Remonです。

あっという間に前回の更新から1ヶ月経ってしまいました。


今回は、40代になってから喘息発作を発症してしまった私の喘息克服ストーリーを紹介します(^^)

一般的に、喘息は治らないと長年信じられていますし、実際に治ったという話は私自身もほとんど聞いたことがないです。
喘息は持っているけれども、症状が出ないように努力しているという方はおられると聞いたことがあります。
実は私の父も喘息だったらしいのですが、幸い私自身は父が発作を起こしたり呼吸困難に陥っているところを見たことがなかったので、全く実感がありません。
父は医者だったので、薬を飲んで大事に至らないように健康管理していたのだとは思います。
しかし私は、喘息を発症するまで、ほぼ健康優良児よろしく元気に育ちました。
大病を患うこともなく生きてきた私にとって、一生薬を使うなんていうことはなんとしても阻止したい状況でした(^^ゞ


一生薬に頼らなければならないなんて嫌だーーー!!!

ご存知のように、喘息には次の種類があります。
気管支喘息・・・アトピー性と非アトピー性がある。発作が起こる。よ痰がでる。
咳喘息・・・アレルギー性の気管支炎
発作はなく、空咳のみ。
最近は、咳喘息が長引くと気管支喘息に移行してしまうこともあるとわかってきた。
気管支喘息は私のように40代になってから発症することも珍しくはないようです。
症状としては慢性的な気道の炎症であり、酷くなれば発作に発展するし風邪を引けば当然悪化することになります。
とにかく、気道の炎症を鎮めることと、刺激しないようにすることが発作予防の必須条件と言えます。
薬さえ使えば、症状を抑えたり、発作を失くすことはできますが、では一生薬を使い続けなければいけないのでしょうか?
多くの病院では、一生使い続けなければならない、即ち治らないと言われるようです。
私も言われました。
私が一時期通院した呼吸器専門内科では、呼吸の状態(肺活量など)を毎回測って経過観察し、その数値でもって薬の処方や量を調節して徐々に減らしていくという方法で実績を上げていました。
しかし、私の場合が言われたことは、ステロイドの吸入薬は徐々に減らしていかなければならないので、吸入薬を使わなくてよくなるまでには2,3年かかるということでした。
喘息という病気を甘くみていたというのもあって、

   「ステロイドを使ってなおかつ2年もかかるなんてとんでもない!!」

というのが正直な気持ちでした(苦笑)。
そんなわけで、とにかく民間療法でも代替療法でもいいので、薬に頼らずに早く治したいという、かなりわがままな希望を持って取り組みました。
そして、理屈がどうであろうと「私は絶対治ってみせる!!」と、心に強く誓いました。


本当に治ったと言えるのかどうか

結果的には、紆余曲折あって4年くらいかかってしまいましたが、自分の納得のいく方法で確実に回復することができました。
最終的に、効果があったのは野口晴哉氏の理論を元とする整体です。
私が治ったと断言できる理由は、次の4つです。
 1)1年半以上発作が出てない
 2)1年半以上薬(吸入および抗生剤)を服用していない
 3)季節の移り変わりや湿度過多による呼吸困難がない
 4)風邪をひいても喘息症状が出ない
何よりも、体にみなぎるエネルギーが全く違います。
周囲の人から見ても、顔色が違うだけでなく、雰囲気も変わって別人のようだとさえ言われました。
今の住処に来て7年になりますが、そのころから喘息だったので、こちらで知り合った人は皆、口をそろえて言ってくださいます(^^ゞ
そして、私自身が「もう喘息は必要ない」と自分に宣言しました。
「病は気から」という言葉もある通り、体と心は繋がっています。

私は喘息になり整体を学び始めて、本当にこれを実感するようになりました。
だから、逆もあるのです。
「気持ちが変われば病気も治る」ことがあるのです。

私の経験談をお伝えすることで、「治らないと言われている病気でも、治る可能性がある」という希望を持っていただけたらと思います。
また、喘息については、治ることを示唆できればと思います。
人それぞれ、体質というものがありますので、誰にでも当てはまるとは言えませんが100人に一人でも、1000人に一人でも、喘息で苦しんでおられる方やその身内の方にとって、ヒントになることを願っています。
実は、すでに2013年12月にこんな本が出ていました(爆)_| ̄|○
「ぜんそくは自分で治せる」 祥伝社黄金文庫 久徳重和著

私は整体を学ぶことで自律神経のバランスが要になっていると知りました。
喘息は副交感神経が優位になっている状態なので、副交感神経を刺激すること(カロリー過多または栄養過多)は避けるべきであり、普通の人よりも意識的に交感神経を刺激する必要があるのです。
だから(交感神経を優位にするために)運動をすることが推奨されます。
この本では、風呂上りに冷水を浴びることとジョギングを勧めてられますが、私が小麦を止められなかったように、あるいは運動を習慣にできなかったように、その推奨されていることをやりきれない方もいらっしゃると思います。
そういう方には、それだけが唯一の方法ではないことを、他にも方法があることを知っていただければと思います。


私のプロフィールと病歴


では、ここで私の病歴を含めたプロフィールを紹介いたしますね。

私は眼科医の娘として生まれましたので、幼少期から事あるごとに薬漬けだったと思います。
小学校に上がるまではよく熱を出して寝込んでいましたが、父の友人の先生が往診にきては注射されていた記憶があります。
しかし、体は薬に対して耐性があったのか、日本脳炎の予防接種以外は副作用が起こることもなかったようです。
社会人になってからでしたが、かのタミフルを父親から新薬だと言われて飲んだ時も、別に問題はなかったです。
ただ、いつの頃からか鼻水やくしゃみをよくするようになっていて、どうやらハウスダストアレルギーが出ていました。
おそらく中学生のときに家が建て替えられてからだと思われます。
しかし、なぜか耳鼻科へ行けとは誰も言いませんでしたので、そのままにしていました。

地元の高校を卒業した後は、県外の大学へ行き、大学で学んだことは活かせないまま、専攻とは畑違いの企業に就職しました。
東京での半年の研修期間中に中型二輪の免許を取った私は、配属後、会社のツーリング倶楽部に入って先輩共々ツーリング三昧で、趣味のバイクにのめり込んでいきました。
そんなわけで、社会人になってから30代後半までアクティブな日々を過ごしていましたが、幸いなことに時々ケガするくらいで病気とは無縁でした。
ハウスダストアレルギーも布団を干すときにくしゃみを連発するくらいで、ことさら気にすることはなかったのです。

結婚を機に子宮がん検査をしたところ、子宮筋腫が見つかって、そういう病気を知らなかったので酷くびっくりしましたが、最終的には手術をして事なきを得ました。
ところが41歳で出産した後、免疫力が低下したようで子供が2歳くらいになるまでは1年に何度も熱をだして寝込むような風邪をひいていました。
一度は、このままでは肺炎になると言われて毎日点滴をしながら通勤したこともありました。
そのときのかかりつけ医に、初めて「喘息」と言われました。
無知だった私は、咳が出るのは風邪のときだけだし、発作があるわけでもないからと信じていませんでした。

今思えばすごく不思議なことですが、なぜか自分で調べることもせず放っていました。

43歳ごろだったと思います。
育った環境や、フルタイムで働いていたこと、自分も周囲も大病を患ったことがなかったので、必要な時は薬を飲むのが当たり前という認識でした。
もちろん、子供にも予防接種をきちきちと受けていました。
だから病気になっても、のど元過ぎれば忘れて、それでもなんとかなっていました。

その後、子供を自然の豊かな環境で育てたいという思いで、心機一転家族で田舎へ引っ越しました。
そして、とうとう発作の発症!

私にとっては田舎での悠々自適な生活が始まった中でのまさかの出来事でした。

どうして空気の汚れた都会から空気のきれいな田舎へ引っ越して喘息の発作が出てしまったのでしょう。。。

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