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自分を見つめる
2007 / 04 / 20 ( Fri )
今日はちょっと趣向を変えて。
このところのキーワードはやっぱりこれだろうと思って、
いろんなことをしっかりと感じていくという意味でも、自分を振り返ってみる。

先日、またしてもひーくんがごねまくったので、それに振り回されて
こっちも怒りまくって終いに涙してしまった。
さすがのひーくんも驚いて、わたしの涙を確認すると嘘のように
大人しくなってしまった。
ひーくんはわたしが怒るからいやだったと言ったけど、最初に怒ってたのは
ひーくんの方だよと大人気なくも言ったら、黙っていた。

考えてみれば、ひーくんがごねる原因は最初にわかっている。
あるいはなぜ?と思った時点で少し振り返ればその原因がわかる。
ひーくんがごねようと何をしようと常にそこに戻って、その気持ちを受け止めてやれば
少なくともこちらが振り回され、怒ることはないんじゃないのか?
ただ困るのは、せっかくそうだね、寂しいね、悲しいねと受け止めてやったとしても
気分転換をはかろうと別のことに意識を向けようとしても、容易には聞いてくれないことだ。
あるいは無理難題を言う。
他のことでもそうだけど、そういういやだとかしたいとかいう気持ちは
受け止めてから、どう導いてやればいいんだろう?
仕方がないこと、できないことの理由を説明した後は、
再び子供の意向と自分の間で折り合いのつくところを探していくしかないんだろうか。

あんまり折り合いがつかないと、今度は「こんなに言ってるのに
なんでこの子はわかってくれないんだ」という苛立ちに変わっていく。
どうして、いちいちあんなに腹が立つんだろう?
自分の正しさを押し付けようとしているのか?

腹が立つもう一つの理由は、こっちの気持ちを無視して好き勝手に要求してくるからだと思う。
最近、よく思うのだが、これはやっぱりわたしたち親がそういうやり方を見せて覚えさせて
しまったからだろう。もちろん、そんなつもりはなかったけど、親の無意識の行動から
学んでしまったのだ。
ひーくんにしてみれば、腑に落ちない、わけがわからないままに、親の言うなりに
させられていることや、ひーくんの意向を無視していることが多々あるのだ。
五味太郎さんの「むかしのこども」の中にも、「わけもわからず、おこられたりする」とか
おとなはちゃんとせつめいしてくれないというような意味の一文があったのを思い出した。

「子供を尊重する」
やっぱりこれはかなり重い課題だと思ってしまう。
相手の立場に立つとか、相手の気持ちを考えるとかいうけれど
子供だったときの自分を忘れて久しい親にとっては、子供の視点にたつということは
かなり意識的にしてなければ、こういうよくない状態になったときにすぐに対応できない。
いや、「子供」というよりも「一人の人間」としてはっきりと認識を改めること、
そして、もう一つ大事なことは「裁かない(判断しない)」ことが最初の一歩かな。

♪しあわせは 歩いてこないだから歩いて ゆくんだね
♪一日一歩 三日で三歩三歩進んで 二歩さがる
♪人生は ワン・ツー・パンチ汗かき べそかき 歩こうよ
♪あなたのつけた 足あとにゃきれいな花が 咲くでしょう

急にこんな歌詞が浮かんできちゃった。はははははぁ(力ない笑い)

わたしはだめだ、これじゃだめだ、まだ変われないなどと思ってないで
「変わりたい」から「変われる」、「変われる」から「変わる」へ思いを変えて行こう。
ちなみに、今日はちょっとした感動があったので、何も考えなくても無理なく自然に対応できた。
ハートに包み込むような愛を感じていれば無理なく対応できるんだなぁ。
ところで、何でも「~したい」とか「~ますように」とか言ったり思ったりすると
そうなってないという現状を強化することになるから、必ず「~しました」とか
「~なっています」とかいう風に過去形か現在形で願うと現実になりやすいのだ。
もちろん、些細なことでもマジで思わないと無理だけど、一度思ったら
忘れてる方が叶いやすい。
ポイントは潜在意識も含めてそうなると信じていること。
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コメント

「変わりたい」「変われる」「変わる」じゃなくて、「変わっていく」ものだと思います。
「~したい」「~ますように」が、現状を強化する言葉なら、「~しました」「~なっています」は、現状を歪曲する言葉ですよね。

これらは、どれも自分自身を傷つける行為のように思えてなりません。
信じ続けなければ信じられないとしたら、それは信じていないのと同じことです。
こういう呪術的な「思い込み」作戦は、使い方を誤ると思考が硬直化してしまうので、あまりお勧めしません。
どんなに素晴らしい絵本でも、その言葉がいつも正しいわけではありませんからね。

親も子も、それ以前に、どちらも同じ人間ですよね。
それは、大人と子供、男と女でも、同じことだと思いますよ♪
by: K-Hyodo * 2007/04/21 03:12 * URL [ 編集] | page top↑

>K-Hyodoさん
なるほどねぇー。そういう風にも言えますね。
K-hyodoさんのコメントにはいつもはっとさせられます。
説明不足ですみません。自分自身が傷つきそうだとか
そんなことは思えない(信じられない)というのを無理にすることはないと思います。
もっと軽い気持ちでできることに関して言ったつもりでした。

そうなんです。親子といえど、子供も一人の人間なんです。
頭でわかってても、今まで培ってきた思い込みや癖が出てしまって、なかなか対等に渡り合えない場合が多いのっす。
だからこそ、その思い癖みたいなのを変えていく必要はあると
わたしは思ってるのです。
by: 圭 * 2007/04/22 21:44 * URL [ 編集] | page top↑

あ~・・・このテーマ。
ものすごく、自分の身にもつまされます。
私も毎日子どもとの衝突の繰り返しです。特に今は調子が悪いし。
やっぱり親が幸せでよいコンディションでいることは、大きなアドバンテージだと思う。
不幸だったり疲れていたり体調が悪かったりというのは、本当はなるべく避けたいところですよね。(でもなかなかそううまくいかない場合も多いんだけど←私の場合、そのバッドコンディションの筆頭は生理前だ・・・)。

対等に接して「相手の思いを聞く」とは言っても、日常、そうは言ってられない場合も多いです。
たとえば、毎日の保育園の送迎などでもそうなんだなあ。
うちの場合、お風呂に入る・出るなどそういうのでも同じ(どちらもかなり嫌がるんだよ・・・)。
行きたくない(あるいはまだ帰りたくない、遊んでいたい)子どもに対して、1. その場でじっくり時間をかけて気持ちを聞きだして、2. でもママは急いでもらわないと困っちゃうんだよ、なんて自分の気持ちを伝え、3. じゃあどうしようかと双方納得できる落としどころを探る、なんて、結構、きつかったりします。(1~3は最近読んだd「親業」の三本柱なのですが)。

本当は時間がある時などに、じっくりそのことを話して解決してあげられるといいんだよねえ。
こちらも忙しかったりして、またついうっかりそのフォローを忘れます。
なんだかそんなマヌケすぎる日常です(涙)
by: ayano * 2007/04/23 09:22 * URL [ 編集] | page top↑

>ayanoさん
保育園の送り迎えとか食事のときとか就寝前とか、とにかく即決即対応したいときは
ほんとに困りますよね。いつもいつも理想的にするなんて到底無理だー!
と思ってたら、ある人に言われました。
「離れることが辛いことを心底味わったから、寄り添うことの有難さや嬉しさもまた格別なのかもしれませんね。」
なんだかんだ言っても、お母さんは子供が大好きだし、子供もお母さんが大好きで、相思相愛ならきっと大丈夫、とも思ってるんだけどね。

実際「じっくり時間をかけて」というのは子供に対しては無理があると思う。子供は常に「今ここ」のことしか考えられないから
後になってどうのこうの説明してもあまりわからないんじゃないかな。一時的にわかっても、また同じことを繰り返す。。。
そんなことを思ってたとき知った本に、
「甘え」と「反抗」を毎日めまぐるしく繰り返す子供に、どういう態度で接すればいいか。一言で言うと「子供の揺れにつきあう」ということ。
とありました。
結局、理不尽なことを言われても子供のペースに合わせて見守っていくしかないという感じなんですが、子供はそうやって揺れながら成長していくんだと冷静になって、なんかちょっと楽になりました。



by: 圭 * 2007/04/23 21:40 * URL [ 編集] | page top↑

自分に余裕のない時には(そんな時が多い私ですが)
どうしてもきりきりしてしまって、コドモとぶつかって
で結局自己嫌悪に陥って、やるせなくなってしまいます
でも、でも…やっぱり折り合いはつかないな、こっちにもこっちの都合があるのさ…とか思ってしまう私
だいたい、聞き入れてくれない時って先方も同じく余裕がなかったりするんですよね~
私は、泣くの承知でもう力任せか(←ダメですよね…)
自分に余裕がある時は1回投げちゃうというか、相談して決めてもらいます
でそこから、そうするとこうなるかもしれないけどそれでもいいかな~どうする?みたいに誘導尋問
まぁそれでもこちらの思うような結論に至らなければ
結局決裂しちゃうんですが、へへへ
圭さんがおっしゃってるように、親子相思相愛なら大丈夫だと私も思います
子の方が、親の愛を感じられずにいることのないように、そこは気をつけたいです



by: maruko * 2007/04/23 23:49 * URL [ 編集] | page top↑

>marukoさん
「だいたい、聞き入れてくれない時って先方も同じく余裕がなかったりするんですよね」
そうそう。それもある。
だからこそ泥沼になっちゃうんだけど。
自分の都合を考え直して「まぁいいか」と思った途端、楽になって道が開けることもあるから
なるべくそういう風にもって行きたいところです。
by: 圭 * 2007/04/24 22:11 * URL [ 編集] | page top↑
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